東京地方裁判所八王子支部 民事第3部御中
八王子市椚田町1214.1.707
原告 田中哲朗
第1 本件提訴について
1、私の考え
(1)私がなぜ本件提訴を行ったか、またその背景、被告の人権侵害や違法行為等については、2004年2月18日付「意見陳述」、2005年5月12日付「意見書」に述べました。
(2)本件の事実関係については「甲第1号証」「甲第19号証」等を使ってこれまで書面で立証してきた通りです。
(3) さらに意見を述べる機会を裁判所から与えられましたので、補足的に意見を述べます。
2,本裁判の争点
(1)本件の争点は「株主総会の集中日に総会を開くべきでないという提案を行い、採決を求めている株主に対し、採決を拒否し、拒否した理由も告げずに、採決を求め続ける株主を物理的強制力で排除することが是か非か。」という単純なものです。
(2)商法に定められた権利に基づいて株主総会に出席している株主は、その人が大会社の社長であろうが、政治家であろうが、「総会屋」であろうが、私のような「被解雇者」であろうが差別されてはならないはずです。
(3)株主の質問が妥当なものであるならば、質問している者が誰であろうが議長はそれに適切に答えるべきです。
(4)本件では、議長が明らかに嘘の答弁を行いました。株主総会集中日に偶然何年間もあたるなどということはあり得ません。このような明らかに嘘と分かる答弁は、適切な答弁をしたことにはならないと考えるのが常識のはずです。
(5)議長が明らかに嘘の答弁を行った場合に、納得しない株主は他の株主の同意を得るために採決を求めることも当然の権利のはずです。
(6)私が採決を求めたとき議長は採決を取るべきだった。あるいは取らない理由の説明を行うべきであった。これらがなされていれば、例えその内容に納得がいかなかったとしても私は本件提訴に及ぶことはありませんでした。
(7)株主総会集中日に株主総会が開かれることを好ましいと考える一般株主はいるはずはありません。しかし、沖電気の株主総会には会社が動員した株主が多数を占めていますから、採決をとれば私の提案は否決されたと思います。
(8)それなのに議長が採決を取らなかった理由は、その採決により、それらの株主が会社が動員した株主であることが明らかになることが嫌だったのだろうと思います。
(9)社員株主による挙手の多数で私の提案が否決されたら、私は不満ではあるが、従わざるを得ませんでした。それは一応商法のルールに則っているからです。
(10)しかし、議長はその手続きを怠りました。
(11)このような事がまかり通れば、商法に定められた株主総会というシステムが形がい化してしまいます。現実に被告は、今年2005年6月29日の被告株主総会では、談合の事実を指摘追及されて答弁を拒否したまま、またもや私を物理的強制力で排除するということを行いました。
(12)商法違反のみならず、常軌を逸している被告の行為を裁判所が正当化するようなことがあってはならないと思います。
第2 裁判所に望むこと
1,提訴の際の私の決意
(1)私は、本件提訴の際、何人かの弁護士に弁護を依頼しましたが、断られました。その理由は、「今の裁判所は大企業や国家権力に偏った姿勢をとり続けているから勝てない。」というものでした。
(2)私は、本件は誰が見ても沖電気に非があることが分る事案である、このようなケースで敗訴するのであれば、裁判所が機能していないことになる。裁判所が正しく機能していないのであればそれを正さねばならない。敗訴したとしても、私が主張立証したことに対し、裁判所がどのような判断をしたのかの詳しい記録を残すことが出来れば、それらは将来、誰かが裁判所の姿勢を正すことに役立つだろう、と考えました。
(3)例え敗訴しても、この裁判は社会的に意義のある裁判になりうると考え、最高裁まで、全力を尽くして裁判を行う決心をしました。
(4)幸い、現在はインターネットを通じ、資料を世界中に示すことが可能であり、私は全ての書面、ビデオ映像を含め、殆どの証拠類を公開しています。
(5)万一、納得行かない判決が出された場合、談合事件の答弁を拒否してまたもや強制排除に及んだ被告2005年株主総会の件で新たに提訴すると共に、本件も最高裁まで粛々と法的な手続きを取る覚悟です。
2、残念な裁判所の現状
(1)残念ながら、私は裁判所の公平公正とは到底言えない姿勢を目にしてきました。
(2)その最たる例が「イラクへの自衛隊派兵反対のビラ」を自衛隊官舎に配った人に対し、裁判所は逮捕令状を発行し、さらに3人の人の75日間もの勾留を認めたことです。勾留の理由は逃亡のおそれがあるという事でした。この国はビラを配っただけの者が逃亡しなければならない国なのでしょうか。
(3)仮に有罪になっても罰金刑ほどの罪で75日間も勾留するなどということを、相手が著名人などのような場合に認めるとはとうてい考えられません。裁判所の行為は明らかにイラク自衛隊派兵に反対して欲しくないと考える国家権力の意向に偏った不公平なものであったと考えます。
(4) このような裁判所の裁定がマスコミを通じ日本中で議論されたら、裁判官はマスコミなどを通し全ての国民の前で胸を張って自分の裁定の正しさを主張できるのでしょうか。そして国民の多数の同意を得られるのでしょうか。
(5)私にはこれらの裁判官が、そういう覚悟を持って裁定したとは思えません。またこの裁定は、とうてい知性ある国民の同意は到底得られないものだと思います。現実的には裁判官はその裁定を国民の前に明らかにして責任を問われる機会がないことが権力に阿る判決、裁定が乱発される原因になっていると思います。
(6)これは、裁判所が権力の不正を見張る役目を放棄していることだと考えます。
(7)権力に嫌われる判決を書いた裁判官は地方に飛ばされるなど冷遇を受けるという話も聞きます。裁判官が保身のために良心に反する判決を書いたり、あるいは自分の「良心」を権力の意向に沿うものに調整するとすれば、悲しいことです。
(8)あるいは、この様な裁判官の姿勢を好意的に考えるならば、国家権力の威信を守ることが、当面の社会秩序を維持することになると判断したのかもしれません。
(9)しかし長期的に見るならば、これは国民の裁判所に対する不信、政治に対する不信、国家に対する不信を高めていくことになり、「どうせ国家は正義を行うつもりはない。」と人々は考え、不正が横行し、暴力に訴えるものを出現、増大させ、深刻な社会の混乱を招きかねません。
(10) 裁判官はこの責任を考え、常に、自分の裁定を全ての国民の前で「自らの良心に基づくものだ」として胸を張って説明できるよう心がけなければならないと思います。裁判官は常に良心に従い人間としての誇りを持って、後世に恥じない判決を書いて欲しいと思います。
3,予測できる「不当」判決
(1)私が本件裁判と同時に提訴した、東京都を相手取った裁判は地裁、高裁共に敗訴しましたので上告中であります。
(2)この裁判の詳細は省略しますが、本件被告株主総会に臨席していた警察官が私に対する排除の際、名乗り出なかったのみならず、後に私が所轄の警察署に申し入れに行った際、担当の警察官が「事件の時、警察官は他社に移動して現場にいなかった」などと嘘で言い逃れをし、これを不当として申し立てを行った東京都公安委員会はこの言い逃れを「適切な説明であった」などとしたことを不服として提訴したものです。
(3)八王子地裁の判決はこの嘘の言い逃れを「全く調査をせずに回答を行ったか,あるいは意図的に事実と異なる回答をしたかのいずれかであろうと推認される。」などと嘘の事実を認めながらも、その為に原告に対し、大した損害もないのだから訴えの理由がない、とするものでした。
(4)なぜ警察官がそのような嘘の言い逃れをしたのか、警察署として、苦情の申立を受けたのに放置し続けたのか、理由がないはずはありません。しかしこの事件の最も重要な部分に判決は判断を示しませんでした。
(5)私はこのような判決が出るであろうことは、警察官に対する証人尋問の際、警察が株主総会に関して企業との間で作っている、「警視庁管内特殊暴力防止対策連合会」について質問をしようとしたときに、裁判官によって「本件と関係ない」としてそれが遮られた時に予測しました。
(6)裁判官は、警察と企業がこれらの組織を通じて「癒着」と呼ばれても仕方のない関係を持っていることを知っているからこそ、この質問をさせないのだ、最初から事件の本質から目をそらした原告敗訴の判決を書くつもりなのだと感じました。
(7)案の定「警視庁管内特殊暴力防止対策連合会」という言葉すら判決の中に出てきませんでした。高裁には、この組織に関する多くの資料、企業から警察に利益供与が行われていることを示す書類を証拠として提出して主張立証しました。しかし、高裁判決の中にもこの言葉すら現れませんでした。
(8)そればかりか、高裁判決では、私が沖電気の談合を告発したのに警察が放置していることについて、「刑事訴訟法は告発人に自己の利益のため犯人の処罰を求める個人的権利を付与したものではない」などと述べています。「告発人の利益」であろうがなかろうが、犯罪を知ったら警察は捜査しなければならないはずです。
(9)刑事訴訟法第239条2項 は「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」と述べているのだから、警察だけではなく、裁判所も、私が指摘した談合がなかったと判断しないのであれば、裁判官が告発しなければならないはずです。
(10)現在橋梁談合がマスコミで問題になっています。なぜ同じ談合であるものは逮捕され、あるものは告発されても放置されるのか、国民が納得する説明は判決の中にはありませんでした。「裁判所が大企業や国家権力に偏った姿勢を持っている」という弁護士の言葉が事実だと思いました。
(11)これらの経験から、本件についても、もし上記の裁判官が沖電気に偏った判決を書こうとすれば、どのような判決になるかが予想出来てしまいます。
(12)すなわち、原告が証拠を示して立証した、本件の本質に関わる重大な事実をすべて無視し、判断すら示さず、被告の主張のみを採用し、「議長には議事運営権により株主に退場を命じることが出来るのであるから、命令に従わなかった原告を排除したことは違法とは言えない。」となるだろうと思います。
(13)事件の根幹に関わる主張に裁判官が判断を回避するなどと言うことが繰り返されれば、裁判所の権威は失墜していくと思います。
(14)以下の項目には必ず判断を示して頂きたいと思います。
@ 被告の株主総会が株主総会集中日にあたる事が意図的なものではないという議長の答弁が本当か嘘か。
A 原告がその答弁に納得せず裁決を求め続けた事に、理由の説明すらせずに排除することが妥当かどうか。裁決をしないのであれば、少なくとも排除する前にその理由を述べるべきではなかったのか。
B 被告警備員が原告を「押し出す方法で」排除したとの主張は事実か。
B 「原告が自らの解雇撤回を求める為に総会に出席し、総会を意図的に混乱させている。」とする被告の主張は事実かどうか。
C 1999年の被告株主総会の際の議長は、原告の発言に感謝の意すら表明しており、これは被告主張を根底から覆す意味を持っていると原告は主張したが、これをどう判断するか。
D 原告が指摘して来た被告職場での人権侵害の具体例は根拠のないものであるかどうか。
E 被告は談合を行ったかどうか。
第3 終わりに
(1)今年7月31日、私のホームページの掲示板に「投資家」と名乗る人の書き込みがありましたので以下にその内容を示します。
最近このHPを知りました。私は投資家ですが、初めて見た時は空いた口が塞がりませんでした。
株主に対してこの様な行動は到底許される事では無いですよ。
もう10年程でこうした企業は市場から抹消されますから、御安心して下さい。この様な日本企業の愚行は広く世界に知らされるべき事です。
田中哲朗さんの勇気ある行動に感謝いたします。掲示板が荒れているので暫く書きこみできませんが、今度メールさせて頂くかもしれませんので、返信宜しく御願いします。
(2)掲示板には、このような好意的な書き込みだけではなく「いつまでも恨みにこだわってないで、まじめに仕事をしろ。」などという書き込みもあります。
(3)私は私のホームページに「闘いの哲学」という文を掲載しています。その最初の項目は以下のものです。
怒りと憎しみは別のものである。
理不尽への怒りによる闘いは、人々の苦しみの元になるものを変えようとすることであり、自らを高め、自分も幸せであり得る。憎しみや恨みによる行動は相手を不幸にしようとするものである。これは一時的には力を持つが、やがて自分をも破滅させる。
(4)私は「怒り」を持って「闘い」を始めましたが、当初より「憎しみ」「恨み」は誰に対しても持っていません。このことはなかなか他の人に理解して貰えないことです。残念ながら「怒り」と「憎しみ」「恨み」の違いを理解できる現代人は多数ではないようです。
(5)私はむしろ、被告から解雇された事から始めた「闘い」の中で、苦しいことも多いけれど、以前には想像も出来なかった充実した人生が送られることを天に感謝しています。
(6) イスラム過激派による自爆テロには心が痛みます。私はテロを決して容認しません。しかし、自分の体に爆弾を巻き付けて爆発させる人は、理由もなくその様なことをするはずがなく、宗教によるマインドコントロールだと、簡単にかたづけるべきでもないと考えます。そこには解決すべき原因や理由が必ず存在すると考えるべきです。
(7) 力を持った者が、権力を持った者が公平公正である、あろうとしている、と人々が感じている社会では、自爆テロなど発生するはずがないと思います。
(8) 幸い我が国の状況は、自爆テロを生み出すほどのものではありません。しかし、社会モラルの低下、若者の無気力、凶悪犯罪、経済犯罪、年間3万人もの自殺者、等の事象は、私が指摘する、企業を中心とした経済を優先しすぎる価値観の偏り、政治家や、官僚の犯罪、そして、警察や裁判所などといった国家権力が正義を行わないという現実に対する人々の絶望感が多大な影響を与えていると考えます。やがてこれらの状況はさらに悪化する可能性が高いと考えざるを得ません。
(9)さらに日本の社会モラルが低下し、やがてテロの横行する社会になるのか、あるいは、世界の暴力の連鎖を食い止める、誇り高い役割を果たすほどの国に日本が成長していくことが出来るのか。これは私たち国民一人一人の意識、行動にかかっているのだと思います。
(10)私は及ばずながら社会の理不尽を指摘し、正そうとする行動を続けるつもりです。
(11)裁判所にも、国民が「なるほど裁判官達は社会正義を勇気を持って実現している。」と感じられる姿勢を持って頂きたいと思います。