先生たちに呼びかけたい 婦人民主クラブ新聞 2005年3月1日号(第371号)北斗星に掲載
不況が深刻化するにつれて、"労働者"と呼ばれるサラリーマンや中小の事業主、
パート従業員の労働は過酷なものになってきています。
これまで以上に額に汗して寝食を削り明日の糧を稼ぐ努力をしても、
なかなか成果は上がらずじっと手を見る空を仰ぐ・・・
そんな姿を想像するのはそれほど難しいことではありません。
でも、"教育労働者"となると、これほど分かりにくい職業はありません。
学校の先生はどんな労働条件で働いているのか、キチンと理解しているのはその家族だけ と言っても過言ではないでしょう。
我が家の息子二人が小中校に通っていた9年間、PTAという組織に入っていました。 『子どもたちが安心して健やかに学校生活を送ることができるように、
P(保護者)とT(教師)がA(連合)する団体』 ということですが、
その実態は学校行事を円滑に行なうためのボランティア団体でした。
要請されたことだけ手伝わされて、内部のことは蚊帳の外状態。
先生方の労働実態や苦悩など知る由もありませんでした。
このブラックボックス状態を支えている要因は2つあると考えます。
一つは、保護者が教師を特別視していて、
「とにかく、家の子をよろしく」という態度でしか接しなかったこと、
もう一つは、先生方が保護者や市民にその実態を伝える努力を
殆どしてこなかった事です。
何があっても学校内で解決するのが責務とばかり抱え込む姿勢は、
今も同じように見えます。
さて、東京都教育委員会の言い分は、
『 厳粛な式典を行なう時は必ず全員が国旗を仰ぎ
大きな声で国歌を歌わなくてはならない。
憲法違反であっても、
日の丸を見るだけで身の毛のよだつ過去を背負っている人がいても、
そんなことは無視して学習指導要領に沿って歌うように指導しなさい。
この命令をきけない教師は罰する。』 というものです。
この言い分は憲法違反、教育基本法違反、
そして子どもの権利条約違反であるのは明白ですが、
私には子どもたちに対する学校側一体となったいじめに思えてなりません。
日の丸・君が代が引きずっている歴史について子どもたちに考えさせることを禁止し、 子どもたちの口をこじ開けて
『歌え!もっと大きな声で歌え!歌わないとおまえたちの先生を罰するぞ!』と
脅すことを、教育とはいいません。
それを見過ごす大人たちを教育者とはよべません。
権力を持つ者と、それにすり寄る者たちが
鞭を片手に子どもたちをいじめているだけです。
しかし、この期に及んでも大半の(強制反対の)先生方は、
保護者に"共に考えよう"という働きかけをしていません。
強制反対の催しへの参加はあるものの、
足元の学校内でどうされているのか、見えてきません。
今後の大きな緊急課題です。
それでも私たちはこの先にあるものへの危機感から
保護者・市民のそれぞれの立場でできるだけのことをしていきます。
ならば今、教育に携わる者としてどうするのか。
2年前なら沈黙を決め込んで頭の上を嵐が通り過ぎるのを待てばよかった、
けれど今は従順な教師を装っても
子どもたちが大きな声で歌わなければ処分される事態です。
正念場なのではないでしょうか。
ある教師のつぶやきです。
「最初は校長室内、次は人目につかない屋上、そして三脚、正門、今は壇上。
まだ大丈夫、と何も言わないうちに何も言えなくなっていた。
今、ものすごく後悔している」
今現場で踏ん張らなければ、子どもたちの魂は殺されていきます。
教師が教師である真の姿を子どもたちに見せてあげてください。
どんなに幼くても、彼らは先生の姿をしっかりと見つめています。