平成15年(ワ)第2823号 損害賠償請求事件

原告 上田 恵弘

被告 沖電気工業株式会社

第5原告準備書面


2004年10月15日

東京地方裁判所八王子支部 民事第3部1A係御中

原告   上田 恵弘

第一  2004年9月30日付被告準備書面(4)第4(5)求釈明について

(1) 第78回定時株主総会における原告の退場の契機となった質問は「人権問題」であった。従って、訴状において「疎外田中の排除は不当であると訴え続けた」ところ原告も排除された、との主張は訂正する。

(2)後に乙9号証により検証するが、被告が二者択一の形で問う、一方の「訴外田中哲朗氏が原告八王子工場の敷地内から排除された事についての質問であった」という表現も間違っている。

(3)正確には上記(2)の質問の後に行った、被告会社の門前で誰かがビラを配布しようとしても誰も受け取らないという異常な状況に象徴される、被告職場での「人権問題」についての質問であった。

(4)したがって、訴状における「この排除は不当であると訴え続けた」の部分を撤回し、この部分を「被告会社の門前で誰かがビラを配布しようとしても誰も受け取らないという異常な状況に象徴される、被告職場での『人権問題』についての質問を行った」と訂正する。

(5)念のため付言すれば、訴状の一部が上記のように訂正されようとも、被告行為の違法性の重大さが何ら軽減されるものでないことは明白である。

第二 乙第9号証、乙第10号証の検証

1, 被告より提出された上記証拠により以下の事が証明される

(1) 被告はその答弁書において「原告は総会議場内で激しい口調で暴言を発したり、総会議場の徘徊を繰返して被告の株主総会の適正な進行を妨害し、議場内の秩序を乱し続けている者である。」と主張している。

(2)しかし、この証拠において原告の行った「暴言」も「徘徊」も存在しない。

(3)また被告は原告が別訴田中の解雇を撤回させる為に出席し、それを目的とした発言を行っている、と主張し続けている。

(4)しかし、そのような発言は全く存在していない。

(5)被告社長は第78回株主総会に於ける原告の「人権問題」に関する質問に全く回答をしなかった。

(6)回答を求める原告に対し、回答をしない理由の説明すらせずに暴力排除を命じ排除した。

2,乙第9号証の検証

(1)第78回定時株主総会において原告の質問は次の4つの質問を行った。(乙9号証)

@ 沖電気の格付けが1つ下げられたことの原因とその責任をどう果たすか

A 1000億円の損失に関わる責任者はだれか、どのような責任を取られたのか。

B 八王子工場門前での田中哲朗氏に対する暴力的排除を原告は目撃しているが、それを社長か役員が命じたかどうか。

C 沖電気門前で誰かがビラを配布しようとしても一人もビラを受け取らないという事実がある。これは異常な状況であり、沖電気の内部に ビラを受け取ると上司から警告され、給料に影響があるという人権を無視した事実があると聞くが、そういうことを認識しているか。



(2)被告社長は上記4つの原告の質問に対し、BCについては答弁を全く行わなかった。(乙9号証26頁2〜17行)

(3) 原告が 答弁のないことに抗議しても「ご着席下さい」というのみで、答弁をしない理由の説明すらしていない。

(4)原告が5回以上にわたって「答えて下さい」と要求して初めて「目的事項以外のことでございますので」とたった一度だけ答えているが、何が目的事項以外なのか、なぜ目的事項以外なのかさえ、全く説明していない。(同27頁3行)

(5)原告は「商法に詳しい弁護士が、株主総会において、会社は人権問題について回答すべきだとおしえてくれた」という趣旨の根拠を示して、さらに回答を求めた。(同27頁5,8,12行)

(6)それに対し被告社長は「お静かに願います」「不規則発言はおやめ下さい」「ご着席下さい」「次の方にマイクを渡して下さい」としか答えず、何の説明も行っていない。(同頁)

(7)これは株主である原告に対し、自らの答弁や議事運営方法について理解を得ようとする姿勢とは到底言い難いものであり、言葉遣いのみは丁寧ではあるが、株主としても人間としても相手の権利を全く認めない、この上なく無礼なものと言わざるをえない。

(8)その後も原告は「人権問題なのだから答えて欲しい」と4回にわたり要求している。(同28〜29頁)

(9)それに対し被告社長は何らの回答も、相手の同意を得るための努力もすることなく退場を命じ、審議を中断してまで警備員に原告を暴力で排除させたのである。(同29頁14〜23行)

(10)すなわち、「原告の退場の契機となった質問」は「人権問題」であった。

(11)原告は暴力を受け、既に体を拘束された状態になった後、暴力の下での悲鳴の形で別訴田中が被告門前で警備員から暴力を受けたことを訴えているのである。(同29頁24行、同30頁2行)

(12)原告が退場命令を受け、体を拘束された状態になった時点で原告の株主総会に参加している株主としての権利は被告に認められていない。従ってその後における発声は質問と認められていないのであるから、「別訴田中が被告門前で警備員から暴力を受けたこと」は「原告の退場の契機となった質問」ではあり得ない。

3,原告に対する暴力排除の違法性

(1)以上被告社長は、原告の「人権問題」に関する質問に回答を拒否したまま、回答しない理由の説明すらせずに暴力排除を命じた事が明らかになった。

(2)百歩譲って、原告の質問「人権問題」が企業が答弁を行う義務のある目的事項ではなかったとしても、退場を命じ、物理的力を行使してまでそれを実行するような場合には、株主の理解を得るための説明を行うなどの努力がなされるべきであることは疑う余地がない。

(3)被告社長の議事運営は原告の株主としての権利を認めないばかりではなく、人間としての権利さえ認めない強権的なものであり、商法273条に認められた議長の議事運営権を著しく逸脱したものであることが明らかである。

第三 証人申請について

1, 被告会社は毛利部信幸氏、片野圭一氏を申請している。

(1)しかし、以下の理由でこれらの証人は不必要と考える。


   
@ これら人物は乙号証として陳述書を提出しており、これら陳述書はあたかも陳述者の記憶によって書かれたかのように提出された。被告は原告の前回書面による指摘、追求によってビデオを見せた事を認めざるを得なかったのである。陳述者はビデオをみて「記憶を喚起した」のならば最初からそういうべきである。
  この証人の証言は「ビデオを見たこと」の記憶によって被告に都合の良いように語られると考えざるを得ない。

A 陳述者はビデオを見せられたという極めて重要な事実を言わず、恰も自らの記憶のごとくに陳述しており、被告は原告から根拠を示して追求されて始めてそれを認めざるを得なかったのであるから、ねつ造と言われても仕方がない。

B「ビデオの記憶」の中では、発言者の氏名や、その時間、位置関係にいたるまで事細かに「陳述」しているのに、ビデオがない場面にいたっては、乙5号証、片野圭一陳述のように原告がその場にいたのかいなかったのか、という極めて重要な事柄についてさえ間違えた陳述をしている。

C 後にも示すようにビデオは編集が可能であり、内容の一部を削除したり、時間的前後を入れ替えたりすることで「事実」が全く違ったものに変えられてしまうものである。

D これら証人、陳述者が被告から見せられたビデオが編集されていなかったかどうかは知るよしもない。

E これらの証人の証言が自らの記憶を語っているのか、見せられたビデオの内容を語っているのかを見極めることは不可能である。

F したがって、これらの証人の証言は、被告がビデオを証拠として提出するならば、全く必要のないものである。

2,社長篠塚に対する証人申請について。

(1)被告は、社長篠塚に対する証人申請についてこれを拒絶している。

(2)しかしこの拒絶には以下のように理由がない。

@ 社長篠塚は原告を本件暴力排除すること命じた本人である。

A 原告に対する暴力排除がどのような意図、判断のもとになされたのか。

B なぜ原告の質問に答えなかったのか。

C、これら本件の根幹の問題について、本人でなければ答えようがないのは明らかである。 

D 事件を起こした張本人を証人として採用せず、それを目撃しただけの者を採用するなどは本末転倒と言わざるを得ない。

(3) 万が一にも、社長篠塚が大会社の社長であるという理由で証人としての出廷を免除されることがあるならば、本裁判が社会的に公平な裁判とは認められないことは明らかである。
 

第四 検証申出書に対する再度の反論

1 ビデオは「編集」が可能であることは周知の事実である。記録された場面の一部を削除したり、時間的前後を入れ替えた編集を行うことによって「事実」が全くゆがめられてしまう。

2 場面の一部を削除することが容易に出来るのであるから、ビデオによって何かが「あった」「起きた」ことは立証できても、「なかった」「起きなかった」ことは立証できないことは心しておかなければならない。

3 被告はIT企業であり、ビデオを編集する技術を十分持ち合わせていると考えられる。

4 被告から提出されるビデオが編集による矛盾を含んでいるかいないかを検証することは一度見せられただけで出来るものではない。

5 従って、証拠として提出されないために、被告だけが所有し、原告が所有しないビデオを「事実」として検証することは受け入れがたい。 反対当事者としての原告が仔細に検討することのできる機会を与えられべきは当然である。

以上