私は長らくいわゆる地方公務員として過ごしてきましたので、大会社の経営の仕方とか、そこに勤務している人々の様子などはほとんど分かっていませんでした。
私の住んでいる家から歩いて5分ぐらいの所に沖電気工業株式会社八王子事業所がございます。ある日、もう10年も前のことですが、私が休暇か何かのときだったかその会社の門前で、私は非常に驚くべき状況を目撃しました。3人の人がビラを出勤途上の会社員に手渡そうとしていました。そろそろ寒くなる頃だったと記憶にありますので、ボーナス闘争に関するビラかと思われるのですが、会社の門に吸い込まれるように入っていく人たちは誰1人としてその紙を受け取らない。その人たちの顔はまるで能面か何かのように生気が感じられずロボットの行列を思わせるものでした。
そのことは私に佐高信の言葉、「日本の会社に1歩入るとそこには憲法は存在しない」を思い出させました。この会社に働く人たちには、1枚のビラを受けとる自由も、それを読んで考えることも許されないのだ、という現実を突きつけられたように思いました。
縁があって私は田中哲朗さんと知り合いました。田中さんは沖電気の門前に立って出勤してくる人たちや会社役員氏の皆さんにたいし、いじめやいわれなき差別をなくそう、会社に基本的人権を確立しよう、とすでに22年以上にわたって訴え続けている人です。その田中さんから、もう10年以上前から株主総会に出席して会社社長に直接意見を述べ、その中のいくつかは認められてきた、ということを聞き、では私もと、2001年、2002年そして2003年と過去3回株主総会で質問や意見を述べてきました。
2001年に田中さんは強制退場させられました。私はただ見ていました。2002年、田中さんは「株主総会の日時が他の多くの会社と同日なのはよろしくない、別の日に変更してほしい。これをここで採決してくれ」と提案しましたが議長(社長)は「その必要なし」と採決しようとはしません。田中さんが「採決せよ」と訴え続けたところ議長は「退場」と社員(警備員)に命令しそこで田中さんは屈強な警備員たちに暴力を用いられて強行排除されてしまいました。
強行連行されるとき田中さんは、手に1枚の診断書をもち「いま肩を痛めて病院通いの身である。暴力はやめよ」と訴えたのに全く無視されてしまったのでした。
発言順がきて私は「先に排除された田中さんは八王子事業所門前で、守衛から押されたとき肩を痛めたのである。誰が田中さんを追い出せと命じたのか、責任者は誰なのか明確にしてほしい。会社は田中さんに誠意を持って答えてほしい」と会社の不当なやり方に抗議しました。抗議し続けたところ議長(社長)は「退場」と私は先ほどの屈強な警備員たちに暴力排除されました。
強行連行され会議場の外へ出されたのを見た田中さんが「上田さん、上着が破かれてるよ」と教えてくれました。そのとき撮った写真が甲1号証です。
2003年6月の株主総会で、上着が一部分破かれたことに対して、私は社長の見解を質しましたが社長は「目的事項にあわないことを言い続けたので退場して頂いたのであって問題ではない」という趣旨の発言に終わってしまった。かくして私は「これは訴えるしかないのか」と考えたのです。
私の提訴状を見た会社側はなんと「上田の訴えはいいがかり的である」と的の字は使ってあるものの、上着の破損さえ認めない答弁書を出してきました。
2002年は虫けらのごとく摘み出され、2003年には抗議の一切を無視され、そして今言い
がかり奴めと、都合三度の侮辱,謗りを私は受けたのです。これは決して許せることではありません。
ここに「株主総会の進め方」という本があります。(日経文庫)。弁護士さんの著作です。その中に株主総会の目的はSR精神にある、即ちShareholderRelations「経営者と株主との間の有意義な関係を築くこと」だと。沖電気の株主総会時の議
事運営や社長見解はSR精神に反しています。
そこに座っておられる優秀な弁護士さんたちは、会社側が要求するままに「言いがかり」などと答弁書に書かないで 民法第一条にいうところの「信義に従い誠実にこれを為す」の精神でこの裁判に当 たっていただきたいし、裁判の流れがそうあってほしいと願って、意見陳述といたします。
2004/1/14 上田恵弘